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「通い婚」 廃れる中国少数民族の婚姻習俗

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南方モンゴロイドに共通する「性習俗」。
ずばりその特徴は「母系制集団における夜這い婚制度」です。


<夜這い>
夜這い(よばい)とは、夜中に性交を目的に他人の寝ている場所を訪れる日本の風習。語源は、男性が女性に呼びかけ、求婚すること(呼ばう)であると言われる。大正時代まで各地で行われていた習俗。戦後、高度成長期直前まで、各地の農漁村に残っているところがあった。
多くの場合男性が女性のもとへ通うものだが、女性が通う風習を持つ地域もあった。婚、嫁、結婚などの字を古くは「よばふ」「よばひ」と呼んだ。これは「呼ぶ」の再活用形で「つまどい」「つままぎ」などの語と共に求婚のために男が女のもとに通うことを意味した。昔の婚姻は結婚後も男が女のもとに通うのが普通であり、このことも「よばい」と言われた。
(ウィキペディアより引用)


<母系制>
母系制(ぼけいせい)とは、母方の血筋によって家族や血縁集団を組織する社会制度であり、概ね次のような特徴を持つ。対義語には父系制がある
 ①母方の血筋をたどる(母系出自)
 ②母方の財産を相続する(母系相続)
 ③結婚後も夫婦は別居、もしくは妻方(母方)の共同体に居住する(母方居住制)
 ④農耕社会に多く見られる。
(ウィキペディアより引用)
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◆村八分と並ぶムラの風習、「夜這い」は今も残っているのか?

夜這い 村八分と並び、かつての農村の掟としてよく語られるのが「夜這いの風習」だろう。各地方の夜這いの取材を続けてきたフリーライターの石川清氏は言う。

「伝統的な夜這いは、私が知っている限り、岡山などで昭和50年代まで残っていたのがほぼ最後でしょう。日本では今ではほとんどみられなくなりましたが、昔は『性教育』、『相互扶助』『ハレ(欲求やストレスの発散)』のため、村の生活システムに組み込まれていたものが少なくありません」

 例えば九州北部のある集落では、元旦の除夜の鐘が鳴り終わる頃に、老人、若者、子供が裸で神社の境内に集い、年に一度の“性の無礼講”に発展することも多かったという。また別の集落では、神社の祭りの日に近所の男女が行き合って、知る知らぬにかかわらず、情を通じ合ったとか。なかには新聞沙汰になったケースもあり、戦後しばらくこの風習は続いたという。

「本州の太平洋側や沖縄などでは、女性が15、16歳になると、村の男の夜這いを受けやすくするため、家の表に面した部屋にわざわざ住まわせた地域があった。また中国地方では、初潮を迎えた娘の初めての性の相手として、裕福で人望の厚い年配の男性に手ほどきしてもらう慣習もあった。紀州では、娘が13、14歳になると 、年配者に頼んで“女にしてもらう”、一種の性教育の慣習があった。この時、娘の親がお礼に相手となった老人へ米と酒と桃色のふんどしを贈ったそうです」

 一方で、飢饉のときには、娘や妻を食糧と引き換えに、村内の人間等に差し出す風習も近年まであったのでは、と石川氏は言う。

「中国地方や北関東、信州などの山間の村はずれには『助平屋敷(岡山)』という、博奕や酒食を手軽に楽しむ場所があり、自分の女房や娘までも博奕のカタにして、負けた相手の女房らを屋敷裏に連れだして手軽に性欲を満たす習慣も昭和初期までありました」

 現在では考えられない風習が、かつての日本には存在したのだ。

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【AFP=時事】中国南西部の村に住むトラック運転手のトリンレー・ノーブさん(37)は、石造りの建物の壁を3階までさっとよじ登り、窓から室内に入ってみせた──お目当ての女性のところにたどり着くために長年やってきたというだけあり、その動きはかなり素早い。

【関連写真】カンゼ・チベット族自治州の少数民族ザバの集落
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 恋愛対象の女性を夕食や映画に誘う若者たちを横目に、ノーブさんは家の壁をよじ登る技術を磨いてきた。これは、四川(Sichuan)省で母系社会を形成する少数民族ザバ(Zhaba)の男性たちが古くから行ってきた求愛行動を成就させるためのならわしだ。
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 ザバ社会では一夫一妻制は浸透していない。ここで一般的にみられるのは「通い婚」だ。男たちが女性の家まで歩き、そして窓から室内へと入り込むことからそのように呼ばれている。
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 しかし、ノーブさんや仲間の男性たちは、チベット高原のはずれにあるこの地域の伝統が失われつつあると嘆く。最近では、女性らが男性の献身をいっそう求めるようになっているのだという。
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 インターネットやスマートフォン、ライブストリーミングの普及などに加え、交通網や教育の機会が峡谷の向こう側にまで届くようになったことから、かつては隔絶状態にあったザバの人々も、最近では外の世界のライフスタイルに触れることができるようになったのだ。韓国のテレビ番組もとりわけ人気があるという。
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「今では女性たちが外部の人々と同じものを欲しがるようになった。安定した結婚生活や、家や車といった財産だよ」とノーブさんは語る。
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 ある別の男性(30)は、かつて女性の家を訪れるために10キロの道のりを歩いたことがあると話す。日没後に出発し、到着したのは午前0時を回った頃だったという。当時は自動車があまり普及していなかったためだが、今では人々の多くがオートバイで移動するようになったと話す。
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 さらに最近では、「デート」の約束がスマホのアプリを使って行われるようになり、伝統的に行われていた相手の意思を確かめるための男女間のゲームもすっかり廃れてしまったという。



通い婚は1980年代に、中国政府による厳格な家族計画政策の推進とともに減少し始めた。この政策は、法律上の父親がいない状態で子どもが生まれた場合に重い罰金を科すものだったため、ザバの人々も、少なくとも紙の上では一夫一妻制による、政府の結婚証明書が必要になった。
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■以前はまれだった「嫉妬」

 青海師範大学(Qinghai Normal University)の人類学者、フェン・ミン(Feng Min)氏の論文によると、この変化によってザバ社会に人を所有物とみる考え方が広まり、以前は明白に表現されることがまれだった嫉妬という概念が生じるようになったという。
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 フェン氏が2004年に行った調査では、通い婚の伝統を今も実践していると答えたのはザバ社会全体の49%にとどまった。
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 通い婚を続けている家族の子どもたちは、緑の丘に立つ黄色い石造りの6階建て共同住宅で、母親やそのきょうだいたちによって育てられる。父親らは自身の母親とともに暮らし、子どもらになんらかの経済的支援を行うこともある。
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「私には夫はいない。この子たちの父親は別の場所で暮らしている」。家長の女性、ドルマ・ルハモさん(60)は、朝食のヤクバター茶と炒ったツァンパ(ハダカムギの種子を挽いた粉の団子)を手でひょいと掴んで口に運びながら答えた。その後、一家のじゃがいも畑の手入れをするため娘2人を連れて外へ出た。
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 小売店を営むペマ・バジュさんは、以前は母親や祖母、きょうだい、おじらと共同生活を送っていたが、最近、実家を出て夫や2歳の息子と一緒に暮らす選択をした。バジュさんは「今は夫婦で家庭を築く方が一般的。その方が便利だし、子育てにもいい」と話した。
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■独自の伝統は消滅する
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 この地域にはさらに大きな変化が迫っている。世界で最も高所にあるダムの一つが間もなく放流されるため、村人たちは先祖代々の土地からの立ち退きを余儀なくされているのだ。「胸が張り裂ける思いだ。われわれの土地がめちゃくちゃにされているのに、何も言う権利がない」とノーブさんは語る。しかし、彼もこの現場で働く短期作業員の一人だ。
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 建設中の高速道路が完成すれば、最も近い都市までの所要時間が半分となり、かつては手つかずの自然が残る隔絶された土地だったこの場所にも、観光客が押し寄せるだろう。
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 ノーブさんの友人のクハンド・ツセリングさんは、「経済は発展するだろうが、人々は堕落的になるだろう。何にでも金銭がからむようになり、われわれ独自の伝統は消滅する。今の時代はそういう仕組みなんだ」と話した。【翻訳編集】 AFPBB News

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