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稲葉圭昭 日本で一番悪い奴ら について



後藤田正晴、亀井静香、石原慎太郎といった大物政治家にパイプを持ち、芸能人や企業に相談を持ち掛けられ、警察の情報担当者が日常に接して情報収集を絶やさない一方で、暴力団、右翼、半グレといった反社会的勢力にもパイプがあった。

「表」と「裏」の双方に通じて、その仲介役を果たすという意味ではフィクサー。3年前に作家の大下英治が、『最後の黒幕 朝堂院大覚』(竹書房)を上梓したが、そこでは、黒幕=フィクサーと呼ぶに相応しい著名事件との関わりが記されていた。

そのフィクサーが、10月末、逮捕された。容疑は威力業務妨害である。新宿区内のCD販売店で行われていたロックバンドグループのアルバム発売記念イベントに乗り込み、「責任者を出せ。この野郎、ぶっ殺すぞ!」などと怒鳴り、イベントを妨害したという。

騒動があったのが6月20日なので、逮捕は4ヵ月後。本人は、「でっちあげだ」と容疑を否認しており、朝堂院が関わった事件を見据えた「別件逮捕」ではないかと思われた。

証拠が残されている。朝堂院が主宰する「インターネット放送局」である。

「報道規制のないインターネットならではのニュースや政治、経済、環境問題、日本のあらゆる問題、原発、エネルギー問題、芸能界の闇、海外事件などを、時にはスペシャルなゲストを招いて情報発信」

番組を伝える惹句にはこうあるが、確かに朝堂院は、番組のなかで為政者、経営者、権力者、犯罪者などの秘密を暴露、遠慮なく切りつけて糾弾する。

「報道規制がないインターネット」というが、実際にはネットも名誉毀損などを怖れて自主規制を働かせている。朝堂院の放送局は、規制やタブーを一切無視。痛快ではあるが、名誉毀損や威力業務妨害の“宝庫”であり、そういう意味では、逮捕され得る環境は整っていた。
「表」と「裏」をつなぐフィクサー不要の時代

今回の単純な粗暴犯的事件に、「別件」があるのかどうかは不明ながら、警察には口うるさい存在の朝堂院逮捕を狙っていた歴史があり、それが出来る状況が整ったという「時代の変化」がある。

フィクサーは、なぜ捕まったのか。

そこには、すべてをオープンにしてしまうネットがもたらす時代環境があり、ネットは「表」と「裏」の触媒となるフィクサーという存在を許さない。

私は、朝堂院がオウム真理教から相談を受けていた1990年頃からのつきあいで、さまざまな「事件の裏」を聞きに、当時、彼が事務所にしていた赤坂のマンションに出向いていた。そこで、相談に訪れていた教祖・麻原彰晃と出くわしたこともある。

当時、朝堂院は表に出ることがなかった。82年3月、空調会社・ナミレイの会長として、一部上場の大手空調会社・高砂熱学工業に対し、株の買い取りを強要したとして東京地検特捜部に逮捕された。

法廷闘争は10年に及び、朝堂院は無罪を主張したが、92年、最高裁は懲役2年執行猶予4年の判決を下した。その間、朝堂院は裏に回って社会に働きかける道を選んだ。

初めて登場したのは、当時、隔週刊だった『SAPIO』(95年10月11日号)である。「日本の黒幕 初めて口を開く!」と題し、私がレポートした。

朝堂院がそこで語ったのは、「プリペイドカードなどの導入で健全化への道を歩むパチンコ業界の裏に業界の利権化を目論む警察官僚の思惑があり、それを許してはならない」というものだった。

特捜案件の被告として10年を過ごし、執行猶予期間が切れるのを目前に、生来の「言わないではおかれない」という性格に火がついた。以降、朝堂院は、マスコミの取材に積極的に応じるようになり、求められればテレビカメラの前で堂々と語った。
直接の情報発信で「カリスマ性」を失った

実は、朝堂院大覚を名乗るようになったのは、96年からであり、それまでは松浦良右という本名で活動していた。

90年頃、マスコミに広告掲載を断られ、その相談に事務所を訪れていたオウム真理教が、地下鉄サリン事件を引き起こしたカルト集団であることが発覚するのは95年だが、それまでの経緯とそう書いた政治評論家によって、「松浦良右はオウム真理教の黒幕」とされ、すべての活動に支障をきたした。出直しの意味を込めた改名である。

朝堂院となってもフィクサー的な役割は変わらない。

山口敏夫事件、許永中事件、日大紛争、TSKビルの占有、総連ビル売却事件……。
大きな経済事件には、必ず、直接間接で絡んでおり、その豊富な情報量でマスコミに背景を説明した。

しかし、マスコミを通じた間接的な情報発信には限界があるし、メディアは発言の一部しか使わないという不満もあった。また、マスコミのなかには暴排条例が浸透する機運のなか、「裏」とも近い朝堂院に近寄らない社も多くなった。

そうした環境を飛び越え、自由に発信でき、時間制限のないのがネット放送局だった。朝堂院は水を得た魚のように、森羅万象を切り、解説を加えていった。

「切られた側」に恨みが残るのは仕方がなく、一方で、直接の語りかけは、フィクサーが備えるべきカリスマ性を奪った。

今回の逮捕には「別件」への思惑も、フィクサーを牽制する意図もなく、被害届を受理した所轄の戸塚署が、「警視庁の意向を気にすることなく処理した」という情報があり、逮捕から1週間が経過すると、その説の方が有力となった。

それは、自在の情報発信が可能になったという「功」の反面、軽く見られてしまうという「罪」も併せ持つネット社会の一面を、図らずも伝える。

ネットは、フィクサー不在の時代を招来したのである。

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